代表 大泉敦史

代表 大泉敦史代表の大泉敦史(おおいずみあつし)です。

昭和47年、水戸生まれ、水戸育ち。
中学から高校へ進路選択をする時に、
「制服がブレザー」=当時は珍しかった
「男女共学」=これしか、考えられなかった
という不ジュンな動機で、水戸市内の
茨城県立水戸桜ノ牧高校へ進学。

学生時代

高校1年生の時にフェンシングを始め、高校3年の県大会予選・団体決勝を、わずか1点差で勝ち抜き宮城県開催の高校総体(インターハイ)へ出場。

当時の茨城県団体予選参加校はなんと3校!激戦でした。

これがきっかけとなりスポーツ推薦で大学へ。

箱根駅伝・大根踊りでおなじみの東京農大醸造学科へ進学。

未成年ながらお酒に興味があったので、マイスターを目指すことに…。
大学では白衣に身を包み、研究室で菌の培養をした後の、試験管を洗う
お掃除係を担当。試験管掃除の職人と呼ばれたものの、全然嬉しくなく、
研究者として全く不向きであることを自覚。ここでマイスターの夢はあきらめ、
飲む方へ転向!

一方、スポーツ推薦のフェンシングは順調そのもので、3年生の時に主将に抜擢され、
強いチーム(組織)作りを任される。

当時、関東の大学フェンシングチーム戦は男子は1部リーグから5部リーグまであり、
1部リーグにつき6校が所属。(約30大学で競い合う)
主将就任前の東京農大は、2部リーグのチーム戦で中位から下位をウロウロしている
ことが多く、個人戦でもベスト◯位に入賞する選手は、ほんのわずか。

大泉、3年生の時に主将に抜擢ここで、豚もおだてりゃ木に登るという言葉がピタリ当てはまったのが、大泉を主将に抜擢した監督の人事

北は北海道、南は九州に至るまで全国から集まって来たワガママな選手たちを、自宅アパートへ招いたり、食事へ誘ったりしながら

「1部へ昇格するぞ」「世界に出て行くぞ」

と語りながら、選手のやる気に火をつけていました。

今になって振り返って見ると、選手の長所を伸ばすには

「どのようなコミュニケーションを取ったら良いのか?」

ということを真剣に考えていました。

主将に抜擢されてから数ヶ月…。

ワガママ選手たちの実力が開花し始める!

自分自身も主将として、大会上位を狙えるぐらいの腕前まで達していたので、この勢いに乗って、アメリカ遠征に行くなど、海外にも積極的に進出!

1部の名門大学との試合でも、互角に渡り合い飛ぶ鳥を落とす勢いだったのですが…。
ほんのわずかのところで、1部リーグ昇格を逃してしまう。

ここで、主将の役目を終え、無事卒業!

(卒業から2年で、チームは1部リーグへ昇格。世界選手権に日本代表として選ばれる選手を何人も輩出する名門大学へと生まれ変わったのでした。めでたし、めでたし)

しかし、卒業後の自分はめでたくなかった!?

大学時代は主将をつとめる

大学時代は主将をつとめるもそそうが多く、5回も坊主に。

卒業したのは、平成7年。世の中はバブル崩壊後の就職氷河期で、地元茨城で就職活動するも、見事に全敗!

フェンシング以外のことを何も考えていなかった自分の甘さを痛感!

知人に頼って水戸市内の建設会社に就職が決まるも、半年足らずで自己都合退職。

世間様から少々はずれて、今で言うところのひきこもり状態に・・・。

その後…

社労士試験に合格その後立ち直り、水戸市内の司法書士事務所に勤務しながら、資格試験の勉強を始める。
司法書士試験を1回だけ受験したものの、自分の能力では、この試験は到底無理だと確信!

ここで、得意技の転向!
司法書士試験から社会保険労務士試験へ変更し、2回の受験で合格。

試験合格後、独立に向けて準備を始めたところ、周囲から独立して生計を立てていくのは無理〜。
「やめな〜」という反対意見に押されたものの、もしものときは、得意技の転向があるので、えいや〜と独立開業に踏み切る。

開業直後は、予想通りの閑古鳥。とっても暇だったので、それまで連続5回失敗し、全くかすりもしなかった行政書士試験勉強に集中する。

受験地を地元茨城県ではなく、高知県で受験。

高知県で受験した理由は、高知国体に茨城県代表選手として、フェンシングの試合に出場することが決まっていたので「試合もいいけど試験もね!」という、何十年か前のカレーのコマーシャルみたいな欲張りなプランを立てていたため。

これが功を奏してか6回目の挑戦で奇跡的に合格。

それから、ソコソコ順調に業績が推移したものの、開業5年を過ぎたあたりから、いま一つ事務所の方向性に悩む。

そんな時に、偶然出会ったのが、社会保険労務士の師匠となる北見昌朗先生

北見先生は「中小企業には中小企業にあった賃金の管理がある」こう明言し、独自の調査研究により、中小企業の発展に寄与する、実践的な給与制度の提案を続けている日本でも指折りの社会保険労務士。
(北見先生に大泉の推薦VTRをYouTubeにアップしていただきました。ご興味のある方はぜひ一度ご覧下さい)

現 在

仕事の後の一杯が、うま~い!

北見先生と出会い、各都道府県で活躍している社労士のチーム(北見塾)と交流を持てたおかげで、自分の得意分野に目覚める。

コテコテの体育会系出身者として、人は単なる理論理屈だけでは、動かないということを身をもって経験しているので、その経験を活かし、顧問先経営者の皆様に対して

「経営」「法律」「人の気持ち」

3つの視点に配慮した提案を行っている。

義理人情+ 毎月発行大泉式労務管理事務所で毎月発行している読み物「ホワイト企業の労務・義理人情プラス」は、顧問先経営者の皆様から

「こいつは、理論理屈だけじゃないんだわ〜。経営者が人を雇用する苦労が分かってるんだわ〜」

とお友達の経営者をご紹介していただいております。顧問先の皆様、ありがとうございます(左の画像をクリックすると、PDF版をご覧いただけます)

一方、プライベートでは…。

40歳半ばを過ぎて気になるのが
「お・さ・け」

お酒を造る勉強をしていたものの、途中から飲む方へ転向したので、
酒造りのことを聞かれても、サッパリ分からない。

晩酌は、ほぼ毎日かかさず。
超辛口の純米酒を好む。

直感を大切にしているため、新聞・テレビは、経営者としての判断を鈍らせるので、必要最低限の情報だけを収集。学生時代、親からは「新聞は読まなければ駄目だ〜」とすすめられたが・・・。自分の視点では、とっても偏った報道に見えるので、百害あって・・・。テレビもほとんど見ませんが、そんな中でも唯一楽しみにしているのが、NHKの朝ドラ

何年か前に放映していた「マッサン」の影響を受け、ウイスキーを飲み始めるが、
健康診断の結果、肝臓の数値が気になりだしたので、濃いめはやめて、
薄めのハイボールで飲むように心がけている。

酔っ払うと熱く語るがかなりしつこいらしく
飲みに連れて行って下さった顧問先企業の社長を叱ったこともあるらしい???
飲んで語った翌日は、反省。反省。反省。
記憶を失うことがあるため、社長と飲みに行った翌朝はまずは、お詫びの電話対応から…。

温泉ソムリエの資格を取得健康への配慮から温泉巡りで、心身を整えることが趣味となり、さらに
「温泉ソムリエ」の資格を取得。
フェンシングで、全国制覇が出来なかったので、温泉巡りで全国制覇を目指している。

 

 

最後に・・・

昭和30〜50年代生まれの世代には超おなじみの「スクール☆ウォーズ」

山下真司さん主演のラグビーを題材とした熱血教師の物語。何十年か前は、とても面白いTV番組が多かったけど、今では・・・見るものがない・・・。「スクール☆ウォーズ」は遥か遠くに懐かしすぎるビシバシ系で、令和時代の今風で言うと「パワハラだらけの熱い物語!」「イソップ〜」当時は感動!感動!感動!毎回放送を楽しみにしていました。

自分が小学生の頃は「うさぎ跳び」がまだまだありました。さらに・・・部活の休憩中に「水を飲んだら駄目☓☓☓」普通にありました。これって、今ならどうなのよ???

昭和・・・平成・・・令和時代に移り変わって・・・。

今までの労務のやり方に「何かまずい!」と感じている経営者の皆様。その「心のザワザワ感」は、とても大切なシグナルかも?そのザワザワ感を共有してくれる用心棒がそばにいてくれると・・・安心かもしれませんね。

 

温泉巡りで全国制覇めざす

左:万座温泉 日進舘(群馬県) 右:ほったらかし温泉 あっちの湯(山梨県)